そう言えば朝焼けが好きだった。
中学の頃だったっけ。まだ新築の家に慣れていなくて、大体全部新鮮で、前から自分の部屋はあったけど、でもやっぱり新しいものってキラキラしてるじゃん。興奮しちゃって、SNSとか初めてだったし、そこで出会った人と夜中までお話して、夜通し通話して、人生で初めて徹夜ってものを経験した、朝焼けだった。眠くて眠くて仕方が無かったけど、初めて迎えた起きっぱなしの休日にはワクワクが止まらなくて、ヒソヒソ声がパパの部屋まで聞こえちゃってたら、起きた時怒られちゃうかもってドキドキして、なんだかおかしくって、クスクス笑って、充電器に刺しっぱの100%充電されたスマホをなぞって、階下のママが起きた音を聞いていた。夜の世界は朝に侵食されて、一日がゆっくりと始まっていく。不思議な気分だった。いつもは朝、起きたら一日が始まるのに、明確なキッカケなんてひとつもなく、ただぼんやりとその日が始まるのを、私は初めて見たから。
だから、朝焼けが好きだった。
カーテンの隙間からぼんやりと射し込む淡い光。レースの向こうは白っぽくて、空の縁はまだ少し暗く、部屋の中がうっすらと照らされるあの光景が、世界で一番好きだった。
……と、今朝唐突に思い出した。
最近何もしていない。何もしていないので、せめて外に出ようとして漫画喫茶に行った。夕方から。そして朝まで居た。出てきた時に思ったのは「あーまた一日無駄にした」だった。最近無駄にしかしていないけれど。
帰り道、ぼんやりと歩きながら己の怠惰を責めつつ今日も生存を正当化していると、ふと朝焼けに出会った。私が世界一好きだったあの薄暗い部屋ではなく、ただの外だった。山の縁は燃えていた。雲の縁も燃え、青と黄色の混ざったところは他より白っぽかった。地面のあたりは未だ照らされてはおらず、溶け残った雪は固くなって凍っている。あとなにより寒かった。薄っぺらいスカートは防寒には不向きだったし、セーターとパーカーとか言う服装も冬を舐めていた。気温は氷点下だった。天気予報はいつまで経っても消えないなだれ注意報を警告している。マスクの下でズ、と鼻水を吸いつつ、暫く朝焼けを見詰め、見詰めてから、パシャリと写真を一枚撮って家に帰った。一人暮らしの家の中は実家と違い、遮光カーテンのせいで暗かった。これを美しいとはあまり思わない。
過去の私が今の私を知ったら失望するだろう。私もしている。最近死ぬことばかり考えているが、漸く死ねるほど優しい世界であれば私はここまで死にたくなっていないことに気が付いた。隕石が落ちてくることを毎晩願っている。どうか全部ぶっ壊してくれと毎日言っている。何も出来ないまま大人になってしまう。あれほどなりたくないと言った大人になってしまう。大人として扱われて、大人として見られて、大人にならなくちゃいけなくなってしまう。結局中学の時と何も変わっていない。相変わらず何も出来ないし、しないし、したくないし、朝焼けは綺麗だった。
高校の頃の恩師が「成功体験を積み重ねて、生きるのを楽しくするのが人生だ」と言っていた。その通りだと思う。ただ、過去と今はイコールでは無いので、中学の時の成功体験も、高校の時の成功体験も、大体忘れて、今の私には何も無い。いつの間にか朝が来るのが怖くなった。明日よ来るなと呪うようになった。生存の許しは誰に乞えば良いのだろうか。
遮光カーテンの向こう側、厚い生地は朝日で赤く染まっている。朝焼けはいつまで経っても美しいまま、変わらないまま。明日に希望は無いくせに、明日の始まりは世界一美しかった。冷たい空気を吸い込む度に喉の奥がツキンと痛むから、やっぱり今日も、逃げたまま。
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